補陀落渡り

この薄暗い座敷から遠く隔たった海の彼方に御仏のおわします地があると云います。後光を浴びた金色の光り輝く御姿に救いを求めたところで詮ないこと。光の届かぬこの部屋に閉ざされ、不治の病を得てやせ細った体では、最寄りの御堂まで辿りつくのもやっとでしょう。あの御堂には盲目の美しい坊さまがいらっしゃると聞きますが、霊験あらたかな御説法もここまでは届きません。足袋を脱いだ素足にもきっと白檀の香りが移って匂やかに香るのでしょう。経文を唱える声は清冽な小川のように流れてゆくのでしょう。閉ざした瞼に朱を刷いて、唇に紅を差せば、花魁も裸足で逃げるほど妖しい仏僧となりましょう。いくら座敷に閉ざされているとはいえど、毎朝化粧をするたびに、誰に見せるでもなく美しくなってゆくのが虚しくて、姿見を見るのもなんとも侘しいものです。無聊を慰めようと、童歌を口ずさみながら黒髪を梳るたびに涙がはらはらとこぼれてゆきます。おずおずと襖の向こうから差し出された盆に載った干菓子を食べて、ただ音に聞くあの坊さまに化粧を施したいと、儚い願いをかき抱いて毎夜眠りにつくのです。それがたとえ死化粧だったとしても、私の手にかかればさながら生者のように生き生きと蘇るに違いありません。あの坊さまのお命が尽きるのが先か、私が息絶えるのが早いか、ご存知なのはただ御仏ばかりです。