プロローグ(『ランダム・ウォーク』)

夢と思い出は、とてもよく似ている。
 
僕たちが、記憶の選択という点に関して、決定権を持たないという意味において。

 

夢は五感を欠いた偽物の体験であり、心に留めようと念じれば念じるほど、蒸発するかのように消えていってしまうものだし、思い出については、映画であればこれがクライマックスだろうと誰もが合意するような決定的なシーンが選択されず、どうでもよさそうな道端の風景が、体験の象徴として居座っていたりする。
 
どうしてその場面が選ばれるのか、僕たちには窺い知ることができない。
 

ただ、古い靴を磨くように、時折その記憶を呼び起こしては、甘い感傷に浸る。汚れのようにこびりついていた邪悪な感情は、時間という砂で磨かれ、知らぬ間に剥がれ落ちている。

 
いつしか、靴先だけを磨き上げた、トップセールスを誇る営業マンの靴のように、僕たちの思い出は一点に研ぎ澄まされてゆく。
 
そこに映る自分の顔は、どんなだろうか。
 
 
 
僕が語りうるのは、そんな風に無作為に選ばれて、意識の表層に固着してしまった、思い出のいくつか。
 
その選択に意味は無い。強いて言うなら、選択されたものから意味を見い出そうとしてしまうのが、人間なのだと思う。僕も、そして、あなたも。
 
支離滅裂な夢の内容を見事に語る熟練の道化のように、僕はあなたを辟易させずに、思い出を語ることができるだろうか。